広島の教育委員会から未だに問い合わせがない。

  • 2019.05.20 Monday
  • 10:58

JUGEMテーマ:聞けて話せる英会話教材と、英会話上達法

 

結構古いお話です。

私の名古屋時代のことで、20年くらい前の話です。他のブログにも書いたことがある内容です。

私のもとで働いていたDavid Hillier(綴りに間違いがあるかも)が。業者を通じてなのか、それとも広島市に直接雇われたのか、ともかく広島市のALTとして小中学校で英語を教えることになりました。

Davidの説明では、「広島」と言っておりましたが、ひょっとしたら正確には広島市ではなく呉市や福山市であったかもしれません。が、そこはこの話の重要なポイントではないので、間違いがあったとしてもお許しください。あるいは、David Hillierの名前に聞き覚えのある、当時の教え子の方が偶然この記事をご覧になりましたら、ぜひご連絡をいただき、それは「安芸市だったよ」とかお教えいただければ幸いです。教員の方からのレスポンスは全く期待しておりません。

 

Davidが私のもとを去り、広島で教え始めて3か月くらい経った頃でしたでしょうか、結構興奮した様子で電話をしてきました。

「俺の授業がえらい評判になったんや」まあ、大阪弁ではなく英語でしたが。

「おお、そりゃ良かったやん」素直に私は喜びました。

「それがな、最近は広島県中の先生が俺の授業を見にくるねん」

「ほう……」その話は、私にとっても誇らしく思えるものでしたが、外国人はとかく話を大げさに盛るので、広島県中はオーバーだろう、恐らく広島市なのか、福山市なのか、その市に所属する先生たちなのだろうと勝手に私は想像しました。

「それで、先生らは俺に聞くねん」

「なんて?」

「あんた、その英語の教え方、どこで覚えたんや?って」

Davidは、丁寧にうちの連絡先を先生たちに教えたらしいのです。

「せやから、そっちに連絡がいったやろ?」

「全然」

残念ながら、それから20年間今日に至るまで広島の教育関係者を名乗る方から一度も連絡をいただいておりません。

 

うちを離れたDavidが興奮しながら、しかも自分の利益にもならないことを私に知らせてくるくらいだったので、恐らくはそれなりの勢いで広島の先生たちはDavidにうちの連絡先を尋ねたのでしょう。

しかし、当時の私は公の教育機関にあまり関心がなかったので、この出来事は心の中にとどめておく程度の扱いとなりました。

今思えば、ことの成り行き次第で、日本の英語教育は変わっていたかもしれない出来事であったことは間違いありません。20年前も現在も、教育委員会なのか教員なのか定かではありませんが、愚かな生物ですね。プライドの持ちようが違うと思うのですが。その時点で「最高の」教育を子供たちに届けてあげるということが、教育者としてのあるべきプライドです。

 

さて、Davidは翌年には名古屋に戻ってきました。そして私はDavidを再雇用しました。わりとルーズな奴だったので教育委員会から放出されたのだろうと思いましたが、「つまらんから辞めた」と本人の談です。

ALTは、高給がもらえて、1か月以上の夏休みがあってと美味しい仕事のはずのなのですが、「つまらいない」とは外国人の口からよく聞かれる言葉です。

 

Davidが日本にやってきた理由は、空手を学ぶためでした。多少粗暴でルーズな奴でしたが、子供が大好きでした。自分でゲームの道具を買ってきたりして、そういうところは私よりマメで、尊敬に値する人物です。今頃どうしているのか。故郷のニュージーランドに帰ったのでしょうか。彼を懐かしみながらこの記事を書いております。

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